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2012年2月

2012年2月 7日 (火)

長い約束 #2

1月22日から完全に寝たきりの状態になったふぅ。
倒れた日からほぼ3ヶ月が過ぎていた。

食事はいつもの様に食べる。
ドライフードと妻特製の肉や魚と野菜の水煮をトッピング。
排泄はやはりその場ではしたがらず、
妻と抱えて庭に連れ出すが中々上手く行かなかった。
こちらがそろそろかな、と連れ出すのは諦め、
ペットシートを敷いてしてくれるのを待った。

明け方クウンと鳴けばその合図。
してくれたら、騒がず、ご褒美をあげる。
大好きなパン。
これで覚えてくれたが、やはり出来るだけしたくないらしい。
1日1回から2回の排尿、1日1回の排便となってきた。
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寝たきりになったが、3ヶ月前の経験があるので、夫婦は慌てなかったし、動揺も少なかった。
仕事にも毎日行った。
朝食事や排泄の処理を妻は良くしてくれたし、
午後は俺が帰宅し世話をした。
いつものようにふぅに話しかけ、寝返りを打たせ、
撫でたり、おやつをあげたり。
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妻がふぅの大好きな芋あん鯛焼きをお土産に。この後放屁連発!1月24日

1月26日の日記にはこう記していた。
ふぅが倒れて3ヶ月。この1週間で急激に衰え、遂に日曜日から全く立てなくなった。寝たままの排泄を嫌がっていたが、食べるは飲むはなので、否が応でも出る物は出る。ペットシートに排泄すれば騒ぐのではなく、ご褒美をあげる。これで随分スムーズにしてくれるようになった。3ヶ月前の寝たきりを経験しているので、無言のふぅが何を欲しているかも解る。夫婦共々家を空ける時も以前よりも心が楽だ。不在時にふぅが逝く時はその時。思えばこの3ヶ月、その時の為の準備の時間を未熟な夫婦の為にふぅはくれたのだろう。
今夜も隙あらば何か食べ物を欲しがり、食べ、寝息を立てている。モルヒネシートとステロイドで痛みは無さそうで、表情はいつも通り。気持ちと裏腹な不自由な身体とも折り合いをつけてきている。本当に適応力があり、ある意味ズル賢い(笑)日常の中で少しずつ。時のように少しずつ。未来と過去が交差する現在を愛おしく。
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「この状態からはどのような最期になりますか?」
と俺は院長に尋ねていた。
「肺の音がかなり悪いです。心肺不全も在ると思います」

夫婦は少しづつ成長したのかもしれない。
寝たきりではあるが、ふぅが元気な頃の様に接し、
行ってきますと出掛け、ただいまと帰宅する。
ふぅが生きていて、ジャーキーをあげる。
3人で会話をする。
お休みとベッドに潜り、おはようと起きる。
ふぅがクゥンと鳴けば元気な方が起きて様子を見る。

人間がしてあげられることは少ない。
ふぅは今を受け入れている。
頑張っている訳ではなく、
受け入れている。
我々はそのふぅを受け入れているだけ。

1月が終わり、如月。
いつものように仕事の合間に帰宅し、
ふぅの世話して俺も食事。
最強寒波なるものが近づいてきた水曜日。

今朝は排尿がなかったので落ち着かなかったふぅ。
夕方ピーピーと鳴き、腰を少し浮かせて大量の排尿。
綺麗にしてあげると何とも良い顔だ。
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排便は無かったが、落ち着いたらしく少しユラユラまどろみ始めた。

19時前に夕御飯をあげて俺は再び仕事に出る。
ジャーキーを上げて、すぐ帰ってくるよと声をかけた。

21時過ぎ妻と帰宅。
ただいま!おかえり!
寝床を整えてやると、排便。そして少しの排尿。
お利口さん!ご褒美のパンをあげる。
半分だけ食べて、残りは要らないと、
今迄で初めての拒絶。
枕を整えて楽にさせた。
妻はふぅを綺麗にしてやった。

それから呼吸が少し深く大きくなった。
眼の色が少し薄くなり、大きく見開いて視線は1点を見つめている。
大きく、ゆっくり、深い呼吸。
妻とふぅの名前呼びながら、身体を触る。
そして、呼吸はゆっくり、止まった。
その間3分から5分だった。

2012年2月1日21時45分。
ふぅは逝った。

排泄を全て済まし、最期に大好きなパンを食べ、
家族が揃った寒い夜に、、
完璧に迷惑をかけずに。。

妻は大きな声をあげて泣いた。
俺は有難うと泣いた。

実家に告げると酔った父が母とやってきた。
「寒い寒い、この風はふぅが吹かせてるんだね」
通夜だと酒を要求したので一緒に飲んだ。
南天を持って来ていたのでふぅに。
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両親が帰り、明日の準備をしながら話す。
「ふぅは節分前に逝きたかったんだよ」
「明日の俺達のスケジュールを知ってたんだね」

そう、明日なら午後はふぅの為に使える。
「最後までお利口さんだったね」

1999年6月1日生まれのふぅ。キッチリ12歳と8ヶ月。

翌朝は雪。
ふぅの庭にも積もった。

午後帰宅し、ふぅを糸島へ。
良く糸島の海で遊んだので志摩町にあるペット霊園にした。
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大好きなパンとジャーキーと妻の手紙
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雪雲間の青空を登って行った。

1週間が過ぎ、院長にも改めて報告と御礼に行った。
悲しみは今となっては一瞬で、
楽しかった思い出で溢れている。

ふぅを喪った事は事実だが、得た物の方が圧倒的に多い。
ふぅと過ごせた日々は幸せだったし、出会えた事に感謝している。

別れの辛さは、再会する時の喜びに凌駕されるだろう。
「ふぅ、有難う。先に行ってて、またね」
最期に約束したんだ。
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2012年2月 6日 (月)

長い約束 #1

TwitterやFBではお知らせしていた、
ふぅの事。
この日記は俺の日記であって、ふぅの記録でもあるので、
一応の区切りを付けねばならないですね。

2012年2月1日21時45分
ふぅは旅立ちました。
明日が初七日です。

日記が中断していたので振り返りながらお伝えします。

10月末に倒れ、一度は心臓も停止したふぅ。
11月には驚きの回復をみせてくれた。
病院で精密検査。
病名は血管肉腫だとわかりました。
おそらく心臓近くの腫瘍が破裂したことでの発作からの心停止であった。
ふぅの年齢と体力を考え外科的な処置はしない事を確認。
11月中旬にはステロイド等の薬も切る程になり、
食事、散歩、排泄と日常を取り戻しました。
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11月18日のふぅ。

12月に入り改めて血液検査、エコー検診等。
血液検査は発作前の数値に戻っていました。
これは心臓周辺の血液漏れも無い事を実証してました。
院長は本当に驚いていました。これで唯一飲んでいた抗生剤もストップ。
しかし肝臓の腫瘍は確実に大きくなってました。
見た目にも腹部が大きく貼り出しています。
お腹に衝撃を与えないことを注意されましたが、
本人的には元気そのもの。
散歩も少しづつ距離を伸ばし、衰えることのない食欲には
我々夫婦も本当に驚かされた。
「食べる子は強いです!」と院長に言われ、
何時もなら恥ずかしいが、この時はふぅの生命力が誇らしかった。
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しかし少しづつ寒さも増し、曇天が続くようになると、
ふぅも天気に呼応して寝ている時間が長くなる。
仕事も所謂繁忙期になってゆく。
お留守番の時間も長くなる。
帰宅し、餌をあげると、食事後胃が膨らむ事で、
内蔵を圧迫するのか、小さな痙攣を起こすようになった。

痛みを感じているようだったので、院長と相談後
再び投薬を再開させたのが12月下旬。
丁度倒れてから2ヶ月が過ぎていました。
このボーナスのような日々が2ヶ月も続いただけでも嬉しかったが、
投薬の効果でクリスマス、そしてなんと歳も越せた。
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庭で日向ぼっこ。
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クリスマスディナー
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チョコは食えんって!(笑)
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俺自身9ヶ月ぶりの休日、大晦日の午後。
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大晦日の実家にも一緒に。母にねだる。

年が開けてからは段々と衰えがみえてきた。
頭があまり上がらない、
歩いていると前脚が躓く等。
お散歩も少なくなり、庭で排泄。
そして随分呼吸も苦しそうになった。
夏でもないのに、浅いハァハァが続く時間がある。
上手く酸素が供給出来ていないのだ。

病院に行き相談。
この状況は欧米では安楽死を選択するとのこと。
安楽死。
言葉を使う仕事で、字面や音声にはたやすく出来るが、
こんなにリアルに言葉の意味を認識したことはなかった。

ステロイドを倍にすることにした。
この1月2週目がふぅが病院に行った最後となる。
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1月12日のふぅ。

翌週、立ち上がることもままならなくなってきた。
庭で排泄しながら倒れこんでしまう。
病院に相談と薬を貰いに行く。
院長がそのまま自宅まで往診に来てくれた。
そしてモルヒネシートを貼って貰う。
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翌日は痛みが緩和されたようで、俺の帰宅後に自ら立ち上がり、お座りでお迎えをしてくれた!
この時は本当に嬉しかった。
実はこの日の夕方妻が帰宅すれば、散歩に行きたいと外に出てマンションを出た途端に、
座り込んで動けなくなってしまったと聞いていたので、悲観して帰宅したのだ。
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思わず抱きついた1月20日の夜。

翌日は天気の良い土曜日。
リビングの真ん中で横になってるふぅ。
午前中買い物に出ようとしたら、
玄関までヨロヨロと小走りで来た。
驚いた!
散歩に行きたかったのだね。
首輪をつけてあげ、ドアを開けて出た途端に、へたり込んでしまった。
妻と抱えて部屋に入れる。
落ち着かせて一人で家を出た時が一番辛かった。
散歩コースのペットショップでふぅの好きなジャーキーを買って帰った。
嬉しそうに、悲しそうに、ふぅは食べた。そう見えた。
気持ちはあの頃のまま、
でも身体は言うことを聞かない。
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この日がふぅが自力で歩いた最後となった。

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