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2011年11月

2011年11月 1日 (火)

ふぅの事 #3

10月26日水曜日生放送後帰宅。
体力が戻って来たふぅ。
舌を詰まらせる事も無くなった。
昼寝食事排泄と午後は良い感じ。
ただ元気過ぎて歩き回る様になり、
心臓が心配。
ただ立ったり座ったり歩いたりはかなり不安定。
院長に電話。
「医学の範囲を超えています」
という言葉。
餌を欲しがると告げれば、
胃腸の病気ではないので、何を食べさせても良いとの事。
この院長の声を聴こえたのかは解らないが、
ふぅの目がキラリと輝いた気がする(笑)
フヤカした餌の量を通常時に戻し、
朝昼晩の3回に切り替える。
パンも買ってきて与えると貪り喰らう。
夫婦も夜はまともな食事を取ろうと、
家で。
しかし、何時ものようにダイニングにやって来ては
おこぼれを貰おうとするふぅ。
興奮状態が怖いので妻と交互に食事。
紙風船のような心臓になっている事は本人(?)
には解らないのだから大変だ。
Img_0116
大好きなソファに登りたそうだったので乗せてやると、この笑顔。

調子に乗り過ぎたのか、
21時45分頃から周期的にクーンクーンと横になったまま鳴出した。
摩る、収まるを繰り返す。
しかしやおら立ち上がり猛然と餌を食べる。
水も飲みばたりとリビングに倒れ込む。
また痛いのか、鳴出す。
22時15分、
堪える様子が無くなり穏やかに深く浅い呼吸に変わった。
いよいよかと、何度かめの覚悟を決めた時、
呼吸が、、
鼾に変わった。。。
苦痛を欲で満たすふぅ。
その後も
起きる鳴く、ハラ減った、の繰り返し。
夫婦はまた睡眠不足と過労でイライラしてくる。
妻を先に寝かせ、
窓を少しあけてやると、
またすーーと寝てくれた。

10月27日木曜日
流石に放送がキツい。咳も出出した。
放送後病院へ現状報告と薬を貰いに俺だけ行く。
今の状況で腫瘍からの痛みは無いはずだから、
鳴くのはかまって、のサインでしょう。。
との事。
腹が減ってただけなのかい!
帰宅すれば、、
かなり元気そう。
足下はおぼつかないが、食事排泄も問題無し!
眠る事も出来る様になって来た。
弱った心臓が充分な酸素を送る事が出来ない事にも少し馴れたようだ。
夫婦も今夜はベッドで寝ようと確認し、
短くも深い眠りを貪る。

10月28日金曜日
長い仕事を終え夜帰宅すれば、
玄関迄迎えに来てくれた。
食事排泄睡眠も。
この夜から夫婦は日常に戻る宣言!
何時何が起るかは解らないが、
我々が倒れては元も子もない。
眠るのは怖かったが、疲労が直ぐに闇に誘い込んだ。
Img_0131
お帰りなさいのふぅ。

10月29日土曜日

朝起きたらふぅはリビングで寝ていた。
水も自分で飲みに行ける様になった。
頭や尻尾も少しづつ振れるようだ。

長くても1週間といわれた日が来た。
Img_0133
まだ散歩に行きたいとは言わないが、
寝て、食べて、排泄するという事を繰り返して体力を戻している。

石橋凌さんがLBに出るので、日曜日以来TVをオン。

午前中病院へ行き現状報告と薬を貰う。
「来週調子が良ければ検査に来て貰いましょう。」
と院長。

来られると良いが。

夕方、夜の生放送の為にいよいよ夫婦は共に家を空ける。
妻に早めに出てもらい、俺はギリギリまで家に居て、
出来るだけ何時ものように、
「お留守番宜しく」
とふぅ告げた。
ジャーキーくれ!にも応じ、家の鍵を閉めた。

22時生放送終了後急ぎ帰宅。
ふぅ、何時ものようにお帰り!と出迎え&ジャーキーくれ!

ほっと胸を撫で下ろした。
この夜1週間振りのビール1本を妻と分けてまた熟睡。

日曜日も安定。

月曜日からは完全通常で夫婦は仕事へ。
今日火曜日は病院にも。
何時ものラゲッジには登れず、後部座席に。
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心臓は偶然癒着しているようだ、腫瘍は有り続ける、血液検査の結果は芳しく無い。
今後の注意点、薬の変更等今回も丁寧に院長が説明してくれた。

それが何時かは誰にも解らない。
あの日曜日でも夫婦が居る時間に起きた事だから対処が出来ただけ。
日常の意識の中にふぅを戻し、すこし慎重に見守る。

寝て起きるとふぅが生きてて、
仕事に行って帰宅すればふぅが迎えに来てくれる。
当たり前の事なんて存在しないのに、
当たり前の事に凄く感謝出来る。

学ばされるね、
本当に。
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「愚か也、人間。」


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ふぅの事 #2

10月24日月曜日の栗田商店の生放送をふぅは妻と聴いていたらしい。
生放送後パケを1本。
その後帰宅する。
夕方の仕事はキャンセルさせて貰った。
関係各位に申し訳が無い。
不在中のふぅは、
番組を聴き終わると立ち上がり、
また排尿し、更にはフヤカした数粒の餌を食べ水を飲んだとの事。
驚いたのはココからで、
俺が妻に買って帰ったサンドウィッチを食べようとした時、
ふぅはすっくと立ち上がり、くれ!と何より好きなパンを欲したのだ。
切れ端を食べさせると指を舐め回すので、
また少しフヤカした餌を小皿にあげた。
するとペロリと平らげた。
食べた事にも驚いたが、
ふぅの舌が自分の指を舐めた事が嬉しかった。
病院に知らせ、餌が食べられるならと、薬を貰いに行く。
ステロイドと利尿剤。
昨夜の状態と今日の状態を院長に告げると、
「昨日の状態から1日生きた犬は私の知る限り3例目です」
喜びと驚き、
そして決して楽観出来る状況ではない事を確認し、
病院を後にしようとすると、
「ふぅちゃんは後少しだけお二人と一緒に居たいんですね」
と院長に声をかけられる。
涙を堪える。
夕方餌小皿1杯、薬はステロイドだけ与える。
水も少し飲み、自分で立って庭で排尿。
部屋には自力で戻れず抱える。
1時間後には食欲に火がついたのか、
小皿1杯の餌と水。
夜、息が苦しくなって来た、水はよく飲む。
夜中には呼吸が穏やかになり少し寝ている。
ココまで誰一人寝ていないのだ。
ふぅが少し寝てくれたのは嬉しかった。
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日付が変わり、
0時半ふぅは起きて餌を小皿2杯食べた。
ステロイドが効いているようだ。
少し元気そうに見える。
Img_0084
ここで妻を少し寝かせる。
ふぅも寝ている。
雨は本降りになった。
俺自身日曜日から殆ど寝ていない。
食事もサンドウィッチ2切れ。
ふぅと居ると食欲も湧かない。
妻が2時過ぎに起きて俺も少し仮眠。
朝が来る。今日は昨日の様な発作は無い。
妻が先ず出掛ける7時。
7時50分横になってるふぅが突然起き上がり、
苦しそう。舌が上手く動かせないようだ。
呼吸困難。
手を突っ込み舌を引っ張り出す。
この症状は目の前に居て良くわかった。
横になっている時に、脱力した舌が器官に詰まるのだ。
しかし、自力で舌を戻す体力がふぅにはない。
この症状が今は一番怖い。
心臓でも腫瘍でもなく、
体力が無い事での呼吸困難。
この症状が何時起るか解らないので、
ふぅが寝ている時でも安心出来ない。
所謂監視が必要なのだ。
一緒にウトウト出来ないという緊張感が生まれた。
その後落ち着き餌小皿1杯、水、投薬。
妻に呼吸困難になった時の対処を告げ、
入れ替わりで仕事へ。
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生放送後帰宅。
ふぅは妻と庭に居た。
俺の帰りを待っていたようだ、
しかし、今度はその場で横たわり動けない。
心地良い秋の午後、動けないふぅと日向ぼっこ。
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長く動けないふぅを2人で部屋に運ぶ。
心配だったが、餌、投薬、水。
少し安心した。
夕方俺はまた仕事に出掛け、20時過ぎに帰宅。
仕事仲間の配慮に感謝。
ふぅは妻と並んで寝ていたが、俺を見付け餌を要求。
小皿1杯、水。
しかし横になる気配は無い。
何故なら空腹だから、、
ダイニングテーブルに置いてあるパンをしきりに見ている。
妻が千切って少し持って来たら、指を噛む程の興奮。
本当にパンが好きなんだな。。
パンを食べた後の顔を見て下さい。
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随分顔色が良くなりました(笑)
その後も餌を食べ、遂には庭で排泄まで!
驚いた。
しかし、この3日目の夜は大変だった。
寝たかと思えば夜中に起き、クーンクーンと鳴く。
摩る、少し寝る、起きる、鳴く、摩る、少し寝るの無限のループが始まる。
妻を先に仮眠させ、ふぅと俺の体力勝負。
ジャーキーの方を見てるので、少しづつ千切ってあげる。
物足りない様なので餌を小皿でやる。
少し寝る、起きる、鳴く、摩る。。。
餌をやる。。。。
3時過ぎに起きて来た妻にふぅの事で悪態をついてしまった。
精神、体力の限界だった。。
少し仮眠をとるが、4時前に起こされる。
ふぅの小さな周期的な震え。
ずっと横に居た。摩る。
ゴメンと謝る。
朝が来た、ふぅまた庭で排泄。
便も通常時の様に良好。
しかし、踏ん張りが利かずフラフラ。
その後は呼吸も荒くなる。
でも、食欲は増している。
先に出た妻と入れ替わり仕事へ。
体重計に乗ってみれば−2キロ。
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朝のふぅ。

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ふぅの事 #1

10月23日日曜日朝7時半過ぎ、餌を食べ庭で排泄したふぅは、
部屋に戻りいきなり倒れた。
何が起ったかも解らずふぅに駆け寄り、
「どうした?何か悪い物でも食べた?」
等問い掛けるも、反応無く、目だけが虚ろ。
その後嘔吐。
コレだけなら良く有る事なので、吐いたら落ち着くかなと思ったが、
倒れたまま脱糞。
コレはおかしい、、、
舌を観れば見た事が無い様な紫。
チアノーゼ状態である。
9時診察開始の掛かり付けの病院の留守電に症状を吹き込むと、
宿直の先生から直ぐに返信。
「直ぐに連れて来て下さい!」
しかし、全く動けないふぅ。
心臓や癲癇を気にし動かさない方が良いのでは、、
とも思ったが、妻と薄い毛布に包みふぅを車に乗せた。
病院には既にホームドクターでもある院長も来てくれていて、
ふぅを見るなり、ひょいと一人で抱え、診察台へ。
所謂ショック状態で、点滴注射、そしてエコー検査で原因究明。
内蔵(脾臓肝臓)に新しく見つかった進行性の腫瘍。
そして心臓の右心房周辺の血管破裂。
腫瘍が心臓近くに出来ているのかもしれない、
という事でした。
何れにしても、開腹等の積極的な処置はしないという事で確認。
12歳の老犬には厳しいし、勿論ゴールデンの平均寿命は12歳である事も知っている。
昨夜、そして数時間前には全く想像しなかった現実だった。
俺は筑紫野で仕事だったので、妻を残し、ふぅにお別れを言って一旦帰宅。
準備を済ませさぁ、という時に妻から電話。
1時間半意識の戻らなかったふぅの呼吸が先程止まったとの事。
待たしていたタクシーをキャンセルして、車で5分の病院へ。
長い長い5分。
診察台に横たわるふぅと、泣きながら声を掛けてる妻。
酸素吸引を受けながら、上の目だけかろうじて明けている。
「ふぅ、ふぅ、」
と呼びかけると、朦朧とした意識の中身体を起こそうとします。
俺も泣きながら、
「もう良いんだよ、頑張らなくて」
時間の許す限りふぅの視野に顔を入れて、話し掛け、頭を撫でた。
いよいよ、行かねばならない時間。
ふぅのオデコにオデコをを合わせ、心の中で有り難う、またねと告げた。
ぐちゃぐちゃの顔の妻を残し、院長に宜しくお願いしますと念を押した。
「わかりました!」
と院長は機敏に一礼してくれた。
後ろ髪が引かれるとはこの事。
俺は公開生放送の会場へ車を走らせた。
正午から5時間15分全てを終わらせ妻に電話。
強心剤と鎮静剤を入れて最期を伸ばしている。
一緒に自宅で看取ろうという結論になった。
会場からその足で病院へ。
ふぅは身体を起こし、何時もの笑顔になっていた。
心臓が苦しく、酸素が供給出来ないので、はぁはぁ
言ってるだけなのだが、笑顔に見えた。
しかし薬が効いているので立ち上がり、
院内で放尿。
コレには驚いた。
まだ自力で排泄したかったのだ。
一人残った院長とふぅを抱えラゲッジスペースへ。
ドライブにでも行くの?
と元気なふぅ。
立ち上がり、後部座席の窓から顔を出し、院長にご挨拶。
流石に涙ぐんだ院長が頭を撫でてくれる。
有り難う御座いました!と家族で帰る5分のドライブ。
最期のドライブ。
家のリビングはふぅ仕様に妻がしてくれていた。
コーヒーテーブルを移動させ、パッドやタオルを敷いてある。
2人でふぅをそこに寝かせる。
横になったり起きたりの繰り返し。
呼吸が苦しいので息が荒い。
さすってあげるしか出来ない。
水も飲まなくなってくる。
長い長い夜。
ソファでうたた寝してしまった午前3時半、
妻に起こされる。
ふぅが激しい痙攣を起こしていた。
前足も大きく動かす。
2人でふぅを抱きかかえ、痙攣が収まるのを待つが、
中々引かない、口からは泡を吐く。
とても長い時間に感じたが、
やがて痙攣が治まり、身体を横にしたまま、
苦しそうに大きな息を繰り返す。

呼吸はやがて少しずつゆっくりになり、
浅くなって行く。
足は冷たい。
「ふぅの吐く息も冷たい」
と妻。
呼吸が途切れそうになると身体を起こしハァハァ。
そして横になりまた浅くなる。
水は飲まない。
コレを朝まで繰り返した。
朝が来てしまった。
月曜日何時もなら9時前に夫婦2人で家を出る。
仕事場に無理をいい、生放送の現場にはサポートを、
ミキサーの竜司にはディレクターを頼む。
ディレクターの妻は7時過ぎに家を出て、
今日の仕込みをして9時半までに家に戻る。
それから俺が家を出て生放送をする。
というローテーションで行く事にする。
妻が出て8時過ぎ、
横になっていたふぅが身体を起こして水をスプーンから一舐め。
やっと飲んだ。
妻が帰ってきて、今度は俺が出掛ける番。
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ふぅは排尿したいらしく、妻とサポートし、ヨロヨロと庭に降りた。
自分で排尿し、私達の所へ戻っては来たが、
ふぅはヘタリと横たわり動けない。
暫し3人で秋の朝を感じた。
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ギリギリまで一緒に居たが、行かねばならない。
何度目かのお別れをした。
庭からは駐車場が見える。
ふぅは逆に俺を見送ってくれているのだと気付いて、
涙が零れた。

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